10月2日日曜日は、日本のボクシング史上歴史的な日でした。


 西岡利晃選手がボクシングの聖地ラスベガスMGMグランドで元2階級王者のラファエル・マルケスを破り見事V7を達成しました。

 

 

ラスベガスというリングは世界王者であれば誰でも立てるわけではなく、世界的な実力と人気がなければ立てない場所。

 

 

その場所で、メインを張り、世界的な実力者を破ったことはまさに日本ボクシング史上初めての快挙でした。



ゲストの俳優香川照之さんが泣いていましたね。私も涙。

 


 西岡選手は、2000年24歳になる直前に初の世界戦に挑みます。相手は辰吉丈一郎選手を二度に渡りKOしたWBC世界バンタム王者のウィラポン選手。結果は判定負け。

 

 

ここから、ウィラポン選手と実に四度の世界戦を戦います。最後の戦が2004年。西岡選手27歳、ウィラポン選手35歳の時でした。結果はまたも判定負け。


 ウィラポン選手には四戦して一度も勝てず、世界の檜舞台から消えます。大きな挫折です。

 

 

その後、階級を上げ、一からの出直しです。

四年間チャンスが来るのをじっと待ちます。海外で試合をするなど地道に実力を蓄えていきます。この間、8連勝。

 


 2008年。天才と言われた男が八年目にしてようやく世界チャンピオンになります。32歳の時です。

 

 

そして、35歳になった今年、快挙を達成します。大きな挫折をした2004年のウィラポン選手と最後の世界戦。その時のウィラポン選手の年齢がちょうど35歳。因縁を感じますね。

 

 

四度の世界挑戦失敗という大きな挫折、怪我。そこからの大飛躍。これを想像できた人はいないでしょう。

 

 

24歳直前の最初の世界戦。もし、あの時に世界チャンピオンになっていたら(それだけの実力はあった)、何回か防衛を続け、負けたら引退をしていたのではないかと思います。

 

 

35歳になる今日までボクシングという過酷なスポーツをやり続けることはなかったでしょう。四度負けたからこそ、続けられた。そして35歳まで続けられたからこそ、ラスベガスで目の肥えたアメリカ人を楽しませる世界に名だたる強いチャンピオンになれたのだと思います。

 

 

おめでとう西岡選手。

 

 

人生は本当にどうなるかわからない。