昨日、ふとした瞬間友人の命盤が頭に浮かび、左手をぐるぐる。
「今日は○○に注意して下さい」とメール。
「え〜!うわ〜、今、音楽やり始めちゃった」と返事。
左手をぐるぐる。「○時になったら、終わりますよ」
結果、言っていた時間を過ぎたら音楽は終わり、最初に注意して下さいとメールしたことも、面白いことが起きていました。
そのころ別の友人から、メールが入る。また、左手をぐるぐる。
「今、食事しているでしょう?」
「そうだよ」
「15日の夜中2時くらいに○○してたよね?」
「!」
占いは楽しい。
少人数の紫微斗数のクラスが始まって、3ヶ月。生徒さんは今は、基本をしっかり学んでいるところです。
基礎はとても重要です。土台となるべきところをきちんとしておかないと後々、困ることになってきますので。
カリキュラムは基本の後、一般に行なわれている紫微斗数を学び、その後、台湾・香港の老師から私が伝えられた紫微斗数を学んでいきます。
先は、長いですから一歩一歩です。
個人教授と違って、少人数のクラスですから、一緒に学ぶ人がいるわけです。ですので、お互い切磋琢磨することが出来るということがいいですね。
自分にはない発想が他の人にはあるので、それを聞くだけでも参考になりますし、意見を言い合えるのも利点です。
私も台湾にいる友人とよく占術について話しました。最近は人相の研究を小関先生とよくやっています。ああでもない、こうでもないと。でも、これは飛躍的に自分を進歩させてくれます。
周りに誰か自分が研究する占術を学んでいる人がいるということは、ラッキーなことです。
先般、山に風水を見に行ってきました。
帰りに麓にある温泉に入って、地元のお爺さんと少し話をしたのですが、農家であるお爺さんは、昔の人は凄かったなと言っていました。
お爺さんが言う昔の人ですから、お爺さんの一世代前か二世代前の人のことです。
「昔の人は、一俵もってさらに、歯で縄を噛んで一俵持ち上げて運んだからな。本当に凄かったな」と。
びっくりです。60キロを歯で噛んで持ち上げていたというのですから、余程の歯の力、骨格、首の太さ等いくつかの要素が組み合わさないと無理な話です。
人相を研究するものとしては、とても興味深い話でした。
成る程なと。
山に風水を見に言って、人相の勉強もした日でした。
プロレスラー。彼らを追い続けてどれくらいの歳月が流れただろう。そう、彼是40年近くになる。
力道山は知らない。ジャイアント馬場、アントニオ猪木からだ。
毎週日曜日は馬場の全日本プロレス。月曜日は猪木の新日本プロレスがあった。爺さんと良くいっしょに見ていた。但し、月曜日は水戸黄門の放送と重なるため、当初は猪木の試合はほとんど見なかった。
馬場が74年ジャックブリスコを破ってNWAの世界王座になった時、歓喜したことを今でも覚えている。
78年猪木対アリの試合は生中継で15ラウンド全部見た。アリの苦痛に満ちた顔が忘れられない。
ある時、小さな田舎町に全日本プロレスがやってきた。残念ながら、私は見にいけなかったが、見にいった友人はジャンボ鶴田のでかさとブッチャーの凶暴さに興奮していた。
金曜の夜に猪木の放送が移ってからは、毎週欠かさずテレビを見た。初代タイガーマスク、長州力等草々たるメンバーが熱い戦いを繰り広げた。
友人と夏休みを利用して、「長州対藤波」の名勝負数え唄を見ようと上京して、蔵前に向かった。しかし、試合は終わった直後であった。
私が尊敬するスイマー・鈴木大地選手がソウルオリンピックで金メダルを取った夏。長州はついに背後から首へのラリアットで猪木から人生初めてのフォール勝ちを収めた。
異種格闘技戦で猪木が初めて敗北した日。東京ドームで「猪木〜」といつまでも叫び続けた。
98年、猪木が引退する日。やはり、私はドームにいた。「猪木〜」
99年、ジャイアント馬場さんが亡くなる。
その直後くらいであったと思う。ジャンボ鶴田を電車の中で見かけた。
00年そのジャンボ鶴田さんが亡くなる。
05年橋本真也さんが亡くなる。
そして、先週、二代目タイガーマスク・三沢光晴さんが亡くなった。
彼が亡くなったことを知った時、涙が止まらなかった。
彼らは命をかけてリングに上がっている。彼らはヒーローであった。
ありがとう。三沢光晴。安らかに永眠あれ。
テレビで中小企業を経営する36歳の女社長さんが出ていました。
はっきりと覚えていないのですが、何かの部品を作っている会社でした。
利益は良かった時の6割減。
それでも彼女はリストラを一切せずに、自分の給料をゼロにしてまで
新しく人材を入れたり等の人材教育にすごく熱心に取り組んでいました。
今は苦しくとも、将来必ず仕事がいっぱい入ってくることになるから、その時の事を考えての準備をしていると。
その彼女にどうしてこんなに大変なのに新しく人材を入れるのですか?という質問をぶつけると「私たちの世界では、5年、10年の職人はまだ本物じゃないんです。それほど、時間がかかるんです」というような事を話していました。
これを見ていて「ああ、この会社は本物の会社だな。今はきついけど、大丈夫だな」と思いました。
地理風水の世界も同じです。私が尊敬する風水の大巨人・蔣大鴻祖師も地理風水をものにするのに30年の年月を要しています。無論、単なる30年ではありません。真伝を持ったものが30年ですから。